「Markdown is dead」の嘘——この記事はMarkdownで書かれ、あなたはHTMLで読んでいる
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「Markdown is dead」の嘘——この記事はMarkdownで書かれ、あなたはHTMLで読んでいる

Published2026.10.18 20:42
読了目安9分
AuthorNoe Shiftica

Key Insights

Anthropicのエンジニアの「HTML is the new markdown」は、なぜ「Markdownオワコン」に化けたのか。原文をたどり、書き手×読み手の2×2でAI時代の出力設計を整理します。

「Markdownはもうオワコンらしい」。 最近、SNSでこんな話が流れてきませんでしたか?

発信元は「AnthropicのClaude Codeチームのエンジニア」とのこと。 AIの最前線にいる人の発言となれば、気になるのも当然です。 僕もこのブログの記事をすべてMarkdownで書いているので、正直ドキッとしました笑

でも、ちょっとだけ立ち止まってみてください。 この記事は、Markdownで書かれています。 そしてあなたは今、それをHTML(Webページを表示するための言語)として読んでいます。

「MarkdownとHTML、どちらが勝つのか」。 その答えは、実はもう目の前にあります💡


結論——変わったのは、AI→人間

文章は、「書き手」と「読み手」の2つ立場に分けられます。そして、文章を扱う存在として「人間」「AI」の2役が存在し、3つの組み合わせが存在します。

01_writer_reader_flow

関係

向きと具体例

最適な形式

人間 ⇄ 人間

仕様書、ナレッジ、Git管理する文書

Markdown

人間 ⇄ AI

人間 → AI:プロンプト、指示書

Markdown

〃

AI → 人間:計画書、コードレビュー、レポート

**HTML(ここだけ変わった)**

AI ⇄ AI

エージェント同士の受け渡し

Markdown / JSON

そして、.mdではなHTMLが最適だと言及されたのは、「AIが書いて、人間が読む」場合に関してのみです。

決して、.mdが死んだ訳ではありません。
.mdの使われる場所が、1つ減っただけに過ぎません。

では、なぜそれが「Markdownの死」として広まったのか。
ここから原文をたどってみます。


原文は何と言っていたのか——「dead」はどこから来たのか

経緯——X長文記事から公式ブログへ

発端は2026年5月8日(日本時間では9日)、Xに投稿された1本の長文記事です。 書いたのは、AnthropicでClaude Codeの開発に携わるエンジニア、Thariq Shihipar氏。 タイトルは『Using Claude Code: The Unreasonable Effectiveness of HTML』でした。

同時にスレッドへ添えられたのが、「HTML is the new markdown」という一言です。 その後、5月19日には同じ内容がClaudeの公式ブログにも掲載されています。

原文の主張——Markdownへの敬意から始まる

主張そのものはシンプルです。 エージェント(自律的に作業を進めるAI)は、長い計画やレビューを出力するようになりました。 それを人間が読む場面では、HTMLのほうが情報を豊かに表現できる、という話です。

表、図、色分け、さらにはボタンやスライダーまで、1つのファイルに収められます。 ここで見落とされがちなのが、原文の書き出しです。 Thariq氏は、Markdownのシンプルさや持ち運びやすさをきちんと認めた上で、話を始めています。

「dead」という言葉は、原文のどこにも出てきません。

本人が書いた「本当の理由」

公式ブログ版には、もう一つ見逃せない記述があります。 Thariq氏がHTMLを使う本当の理由は、Claudeとの作業の「ループの中に留まるため」でした。

Claudeに任せる仕事が増えるにつれ、自分が計画をじっくり読まなくなっていた。 Claudeの判断に関わり続けたい。その手段として選んだのがHTMLだった、という話です。

つまり、原文の核は「フォーマットの優劣」ではありません。 「人間がAIの仕事から目を離してしまう問題」への、一つの処方箋なのです。

さらにThariq氏は、「常にHTMLで返す」設定を急いで作る必要はない、とも助言しています。 Markdownを葬るどころか、本人がブレーキを踏んでいるわけです。

嘘をついたのは誰か

タイトルで「嘘」と書きましたが、Thariq氏は嘘をついていません。 原文にあるのは「HTML is the new markdown」という比喩だけです。

では、「dead」はどこから来たのでしょうか? 答えは、拡散の途中です。

タイムラインでは、「便利になった」より「〇〇が終わった」のほうが指が止まります。 二次記事の見出しには、「Markdownを殺した」という言葉まで登場しました。

02_metaphor_to_death_notice_telephone_game

一人ひとりの意図までは分かりません。 ただ、強い言葉ほど拡散される構造が、比喩を死亡宣告に変えたのは確かです。 嘘をついたのは原文ではなく、伝言ゲームの構造です。

認知科学には、スコトーマ(心理的な盲点)という言葉があります。 強い見出しに意識を奪われると、その裏にある「なぜ」が見えなくなる。 「dead」という一語が、まさにそのスコトーマを作っていました。

……そして僕もいま、同じ構造を使ってタイトルに「嘘」と書きました笑

あなたがここまで読んでいるなら、その効果はすでに証明されています。


今日から使える、3つの使い分け

ここからは実践編です。 上記を踏まえ、明日からの作業にどう落とし込むかをまとめます。

① 長くなりそうな出力は「HTMLで」と頼む

100行を超えそうな計画書やレビューは、最初からHTMLで出してもらいます。 指示はこれだけで十分です。

Plain Text
この内容を、1ファイルで完結するHTMLにまとめてください。
表・図・色分けを使い、全体像がひと目でわかる構成にしてください。

できたファイルは、ブラウザで開くだけで読めます。 縦に長い文章をスクロールし続けるより、全体の見通しが一気に良くなります。

② 「使い捨てUI」を作ってもらう

HTMLの真価は、読むだけで終わらないところにあります。

たとえば、アニメーションの速さを決めたいとき。 スライダー付きのHTMLを作ってもらい、実際に動かしながら調整します。 決まった値を「プロンプトとしてコピー」できるボタンまで付ければ、そのまま次の指示に使えます。

用が済んだら捨てる。 この「使い捨てUI(Disposable UI)」が、言葉では伝えにくい微調整を可能にします✨

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③ 正本はMarkdown、HTMLは「見るときだけ」

保存して育てていく文書は、これまで通りMarkdownで管理します。 レビュー共有のときだけ、その中身をHTMLに変換して読みます。

こうすれば、Gitでの変更管理もしやすいままです。 HTMLファイルが増えすぎて散らかることもありません👍

Thariq氏が作ったHTMLの実例集(20種類)も公開されています。 イメージを掴むには、まずこちらを眺めてみるのがおすすめです。 → thariqs.github.io/html-effectiveness


ここから先は裏側の話です(読み飛ばし可)

ここからは、「なぜ1マスだけが変わったのか」を少し深掘りします。 使い方だけ知りたい方は、最後の「おわりに」まで飛ばしてもらって大丈夫です。

Markdownが選ばれていた2つの理由

Markdownは2004年、John Gruber氏が公開した記法です。 その本質は、HTMLのシンタックスシュガー(書きやすくするための簡略記法)です。

<h2>見出し</h2> と書く代わりに、## 見出し と書けば済む。 人間が思考を書き出すときの摩擦を、限りなく減らすために生まれました。

AIの世界でMarkdownが標準になったのには、もう一つ理由があります。 トークン(AIが文章を処理するときの単位)の節約です。

開発者のSimon Willison氏は、こう振り返っています。 GPT-4の時代はトークンの上限が約8,000と小さく、効率の良いMarkdownを使い続けてきた、と。

つまりMarkdownには、2つの理由がありました。 「人間が書きやすい」ことと、「トークンが少なくて済む」ことです。

変わったのは、後者の制約だけです。 前者は今も揺らいでいません。 だからこそ、人間がAIに指示を書くマスでは、Markdownが今も最適解なのです。

コストは消えていない、移動した

「AIがHTMLを一瞬で書けるようになったから、生成コストはゼロになった」。 そんな説明も見かけますが、これは正確ではありません。

HTMLはMarkdownより記述量が多くなります。 第三者の検証では、トークン数も生成時間も数倍になったという報告があります。

批判的な立場からは、次のような指摘も出ています。

  • ソースのままでは読みにくい
  • 安全でないHTMLが紛れ込むリスクがある
  • トークンの消費が増える
  • Gitで差分(変更箇所)を追いにくい

正確に言えば、コストは消えたのではなく、移動しました。 「人間が書くコスト」が下がった分、「人間が確かめるコスト」が新しいボトルネックになっています。 これが、③の「正本はMarkdown、HTMLは見るときだけ」をおすすめする理由です。

HTMLが効く条件、効かない条件

では、なぜ「読む」場面ではHTMLが強いのでしょうか。 鍵になるのが、ワーキングメモリ(情報を一時的に置いておく、脳の作業台)です。

心理学者ネルソン・コーワンの研究では、人が一度に保持できる情報は、およそ4つのまとまりとされています。 長い縦スクロールの文章では、上で読んだ内容を覚えたまま、下を読み進める必要があります。 作業台は、すぐにいっぱいになります。

一方、表や図で情報を空間に並べると、「覚えておく」役割を画面に任せられます。 目で行き来するだけで比較できるので、作業台に余裕が生まれるわけです。

ただし、HTMLなら何でも良いわけではありません。 教育心理学者ジョン・スウェラーの認知負荷理論では、理解に関係のない処理の負担を「外在的認知負荷」と呼びます。 意味のない装飾や動きは、まさにこの負担を増やします。

HTMLが効くのは、情報の構造そのものが多次元のときです。 比較、関係、時系列のように、もともと「面」で捉えるべき情報に限られます。 一直線に読めば済む短い説明なら、Markdownのほうが速く伝わることもあります。

正本とビュー——データ構造で見る2つの形式

最後に、データ構造の視点で整理します。

データベースには「テーブル」と「ビュー」という考え方があります。 テーブルはデータの正本で、ビューは目的に合わせて組み替えた「見せ方」です。

Markdownはテーブル、HTMLはビュー。 同じ中身を、保存するときはMarkdownで、読むときはHTMLで扱う。

こう捉えると、2つは対立するものではなく、役割分担だとわかります。 データ構造から道具を見直す視点は、Obsidianの記事でも詳しく書いています。


おわりに——問うべきは「誰が書き、誰が読むか」

「Markdownか、HTMLか」。 この問いは、どちらかが勝つまで終わりません。

しかし、抽象度を一段上げると、別の問いが見えてきます。 誰が書き、誰が読むのか。 データは、どちらへ流れるのか。

人間が書くなら、Markdown。 AIが書いて人間が読むなら、HTML。 AI同士なら、MarkdownやJSON。

起きたのは記法の世代交代ではなく、AIが書き手になったというShiftです。 そしてThariq氏が本当に守ろうとしたのは、HTMLではありません。 AIの仕事に、人間が関わり続けることでした。

流行り言葉で、記法の勝ち負けを決める必要はありません。 データの流れる向きを見極め、そこにふさわしいインターフェースを設計する。 それが、AIと対話しながら働く時代の本質です。

Design the Shift. ჱ̒⸝⸝•̀֊•́⸝⸝)


原文

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